静岡の清水出身で、祖父の代まで漁師だったんです。父親は終戦後に会社員になったけど、若い時分は漁を手伝っていて。私が子どもの頃には、家の前に小さな桟橋があって小型の漁船もありました。年に何回かちょっとした漁に出て、獲った魚を市場に卸したりもしていたんです。父親に誘われて、小学生の頃から一緒に行ってました。船酔いで吐いてばかりで、あまり良い記憶はないけど(笑)。その頃食べていたのは、清水で有名なマグロやシラス。それにギンダベラって呼んでいた小さい魚(ヒイラギ)が好きで、煮付けにしてよく食べてましたね。
 魚はタダ同然で手に入るような環境で育って、肉を食べるようになったのは修業でフランスに行ってからです。まかないは昼も夜も肉ばかり。だから休みの日は魚を食べていました。でも、向こうのスーパーにはきれいにサク取りした魚しか売ってないんです。朝市や専門店まで行けばその場で魚をさばいているから、卵や内蔵も別で安く売っていて。そういうのを買ってきて、薄く醤油で煮付けて食べていました。
 現地のフランス料理店で働いたこともありますが、魚はいいところだけ取って、骨や皮も内蔵もどんどん捨てる。日本人にしてみれば、骨まわりの身は最高に美味しいところだし、骨からはなんといってもいいダシが取れる。皮も香ばしく焼けば、いいつまみになりますよね。うちの父親はマグロの血合いの煮付けでよく一杯やっていました。母親は、魚の目玉のまわりが好きで、ちゅるちゅるって音を立てて食べて「ここが美味しいのよ」って言うのが口癖でした。一口に魚好きと言っても、魚食中心だった日本人と一般のフランス人とでは感覚が違うと思います。
 じつは私のフランス人の師匠は、チョコレートを作る時に「刺身を思い浮かべろ」といつも言っていたんです。味を作る時に大事なのは「1番が素材、2番が鮮度、3番目に技術だ」と。いくら腕があっても、いい素材がないと美味しくない。たとえ素材がよくても、3日前の魚は食べたくない。そのうえで技術が生きる。たとえ切り方がギザギザでも、新鮮ないい素材ならばうまいだろ、というわけです。
 テオブロマの2024年のスペシャリテは「うまみ」をテーマにしたボンボンで、フランスのチョコレート評価ガイド「CCC(Club des Croqueurs de Chocolat)」で金賞をもらいました。今まで誰もやっていない魚介に挑戦したいと、サクラエビや煮干し、昆布やホタテを使いました。チョコレートというと甘いイメージがあるけれど、いわば豆の発酵食品。甘みを加えないと味噌によく似ています。魚のチョコレートスープとか、グリルした魚のチョコレートソース添えとか、けっこう合うと思いますよ。今度、『おさかなぶっく』でチョコレートレシピなんてどうでしょう?

つちやこうじ◎ショコラティエ/フランスのショコラトリー、パティスリーなどで6年間修業後、1999年東京・渋谷にチョコレート専門店「ミュゼ・ドゥ・ショコラ テオブロマ」を開店。国内、海外での受賞歴は多数あり、「味覚の魔術師」と称され、日本にチョコレート文化を広めた一人として知られる。2016年からはマダガスカルの小規模カカオ農家にカカオ豆の発酵、乾燥技術の指導を行っている。TBS『ジョブチューン』に出演。 テオブロマ公式サイト

Interviewer:Yuko SHIBUKAWA Photo:Ryota YUKITAKE
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