これまで訪れたり暮らしてきた世界の国々で、居心地が良いと感じたのはどこも“魚介類の出汁”のうまみを知る人々が暮らす場所ばかりである。ポルトガルもギリシャの島々も、ブラジルの沿岸部も、魚介の汁をうまく使った料理を出す土地では胃腸にストレスが全く溜まらない。
地中海の料理文化大国イタリアでは、古代ローマ時代から魚介類の料理法も現代に匹敵するほどハイレベルだが、特徴的なのは彼らが“ガルム”と呼ばれる魚介の内臓を使った調味料を使っていたことだ。
私の漫画作品「テルマエ・ロマエ」では、日本にタイムスリップをする古代ローマの浴場技師ルシウスが、東北の湯治場に現れた際に、秋田の魚“しょっつる”を使った料理を口にして、「む、ローマ味!」と叫ぶシーンを描いたが、あの展開はそうした歴史的根拠に基づいたものなのである。
地中海沿岸の古代ローマ遺跡では、このガルムの醸造所とされる建造物や、容器に使われていた陶器の壺やモザイクタイルなどが数多く出土されている。おそらく当時の生産量は相当なものだったに違いない。中でもスペインやポルトガルの沿岸都市で作られていたガルムの評価は高く、更に、ウツボの内臓から抽出されるガルムは最高級品とされ、皇帝や貴族の御用達だったと言われている。庶民用にはサバやイワシなどの青魚が用いられていたが、しょっつるも秋田名物のハタハタ以外にアジやイワシが原材料になっている上、醸造のプロセスもほとんど同じなので、ガルムの味はこれにかなり近かったはずだ。しかし、現代のイタリアでは、魚醤を使った料理を出すのはごくわずかな地域に限られていて、醸造所も殆ど残っていない。
浴場文化と同じく、魚介類系の食文化に関しても、古代ローマと共通点が多いのは現代のイタリアよりもむしろ日本であり、もし古代ローマが現存していたら、食文化という点においても、日本は彼らにとって間違いなく人気観光地になっていたはずだ。