いつの頃からか、海の夢を頻繁に見るようになった。頻繁といっても数ヶ月に一回くらいかもしれない。目覚めてまもなくその内容を忘れてしまうことも多いから、本当はどれぐらいの頻度で見ているか正確には計算できないが、中には何年経っても忘れられない海の夢もある。
私は賃貸アパートを探している。不動産屋に連れて行かれたのは、一階が八百屋で、その店の横の細い階段を上がったところにある物件だった。八畳ほどの板の間の部屋と、隣には畳部屋があり、大きなガラス窓がその二部屋にまたがっている。窓から外を見渡すと、
「うわあ、海だあ!」
狭い砂浜にザザザザっと小さな波が打ち寄せている。なんという解放感。私はその部屋をすっかり気に入った。念のため、不動産屋のおじさんに、「台風とか来ても大丈夫ですかね?」と質問すると、おじさんは、「あ、大丈夫大丈夫」。その一言を即座に信じ、
「よし、このアパートに住もう」と決めたあたりで目が覚めた。
もう一つ、忘れられない夢は、友達のマンションに到着すると、
「アガワ、遅いよ。ほら、早く上がって」
「ごめんごめん」
私は小走りでその家に上がり、奥へ進むと、なんとバルコニーの外に海が広がっているではないか。しかも先に着いた友達はすでに海にぷかぷか浮かんで楽しそうに戯れている。
「きゃー、私もすぐ行く!」
というあたりで、夢は他の物語へ広がったので、結局、私が海に飛び込んだ快感の記憶はない。
「そういう夢ばっかり見るんです」
あるときテレビのトーク番組でそんな話をしたところ、共演者の美輪明宏さんと江原啓之さんが、「あなたは前世で、身分差のある男との叶わぬ恋をして入水自殺をした町娘だったはず。そういう前世を持つ人はたいがい、水や海を怖がって嫌がるものよ」と言われた。ところが私は恐怖どころか、
「目覚めたあとも、ものすごく爽快なんです」
そう応えると「変わった人ね」と笑われた。
前世に何があったか知らないが、今でも夢に海がときどき登場する。そして相変わらず、恐怖がつきまとうことはない。
もしかして、私の前世は町娘ではなく、サカナだったのではないかしら。
「私のこと、覚えていませんか?」
活きのいいサカナに出くわすたび、そっと訊ねてみるのだが、ピチピチ跳ね返るばかりで、返事はない。