魚は時々でいいから、人とタイミング合わせつつのチマチマ食いでなく、思う存分ガンガン食べたい。居酒屋での少人数での「刺身盛り合わせ」のあの“遠慮のかたまり合戦”がいやだ。皿にたたずむ最後の乾いた一切れはとても切ない。
演奏旅行で全国を駆け巡っていると、時々思いがけず「お魚たらふく食いOK現場」に遭遇する。
宮城県、本吉町で「まぐろのカブト焼き」お日様さんさんの、真っ昼間の野っ原の野外ステージ。ステージ横ではドラム缶コンロの上に載せられたまぐろの巨大な頭部が、もうもうと湯気をたてて、コンサートの終演を今か今かと待ち構えている。「この目んとこの周りがうめんだ。遠慮せんと、どんどんいきな」とすすめられるがままに、食べると言うより、すする。ジュルジュル。もうなんなんだろう、この旨味の凝縮感は!「インパクトの瞬間ヘッドは回転する」何故か、昔のゴルフのCMがよぎる。とにかくひたすら幸せ。
高知県、吾北村で「かつおのたたき」が両手を回すくらいの大皿にど〜ん。もちろん“藁焼き”で、切り身の一つ一つのでかいこと。おろし生姜もにんにくも玉ねぎスライスもてんこ盛り。“高知流御返杯ルール”で、日本酒もグイグイと。大人数なのですぐに大皿は空っぽになるが、すかさず次の大皿が「はいよ、お待ち!」って、わんこそばかいな。かつおと日本酒。相思相愛とはまさにこのこと。他にはなにもいらない。
わかってます!この飽食の時代に、こんなにバクバク食べていいわけがない。でもね、言い訳だけど、迎えてくれる側が異口同音におっしゃるのは「おれたちゃ、ふだんぎょうさん食べてるけん、あんたらが「うまい、うんまいっ」て食べてっとこ見るのがええのんよ」(注 方言は私の妄想です。全国まわってると、もうどこの言葉がどこやら)。本当に感謝の気持ちあるのみです。深々礼!それに何故だかわからないが、魚をいっぱい食べるのは、「焼肉食べ放題」で感じるあの後ろめたさはまったく感じない。むしろ「お魚いっぱい食べていい子だね」ってお母さんに褒められているような気がする(のも、私の妄想だろな、きっと)。
そんな美味しいお魚に感謝をこめて「朝の魚(Fish in the morning)」(『谷川賢作ピアノソロvo.1』収録)という曲を書いた。ピアノソロで津々浦々で演奏している。イメージは、とびうおの群れに遭遇した漁船に乗る若者の興奮。
また打ち上げは魚でドーン!のライブ会場様、おれをいつでもどこでも呼んでけれ〜。
