初夏と晩秋に黒潮が蛇行して八丈島の海水温が黒潮より低めの21度くらいになると水面近くまで20キロくらいにもなる巨大なカンパチがやってくる。水温の低い親潮と黒潮がぶつかると冷水塊と呼ばれる冷たい水の塊ができ海面からは靄が立ち上がる。黒潮との境目が濁ると大量のキビナゴが身を隠すためにそこに押し寄せる。それを狙って30センチほどのムロアジの群れが円陣をなしてグルグル回り出す。カンパチはそれまで黒潮の高水温を避けていた水深100メートルの海底からこのムロアジの群れをめがけて参入してくる。私は海水温21度、冷水塊、キビナゴ・ムロアジ大群の報を受けると直ちに羽田に直行してジェット便で八丈島に行く。潮の流れに乗ってキビナゴとムロアジを追い、群れを発見するとそこにめがけて水中15メートルほど潜るとたいていは巨大なカンパチと遭遇する。素潜りで手銛で獲ったこの時期のカンパチは脂が乗っていてとても美味しい。いつも漁協で大型発泡スチロールの箱を買い少し塩を振ってから氷詰めにして家に持ち帰る。それから大体3日はねかせる必要がある。鮮魚はそのサイズに応じて1日から4日くらいはこうしないと刺身の旨味が出てこない。すぐに刺身にしても新鮮すぎて味がしないものだ。世界一の鮮度を誇る日本の魚市場の魚がみな「死んでいる」のはこの時間調整のためだ。台湾、中国、韓国の魚市場に行くとまるで水族館の様に魚が水槽の中で泳いでいて壮観だが、これは食文化の違いからくる光景だ。以前は家の小さなキッチンのまな板になんとか載せて自分でさばいていたが鱗が一面に飛散するとの理由から奥さんの機嫌が悪くなるので最近は近所の麻布十番の「すし銀」に持ち込んでやってもらうことにしている。「團さんガラはどうしますか? 片側をお刺身にして、反対をにぎりにすると150貫くらいになりますが。」いつも親切に対応してくれる大将とこんな会話をしてから、家と設計事務所に持ち帰る。この時だけは事務所がアルバイトの学生たちで賑やかになる。こんなことなので私の中では日常の時間の他にいつも「黒潮とカンパチの時計」が回っている。
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