魚といえば『海の幸』。しかし私の生まれ育った信州安曇野では殆どが『川の幸』だ。生まれた1960年代は今のように流通が発達しておらず、専ら近所の養鱒業者から買ってくるニジマス、諏訪湖や木崎湖で獲れるワカサギを食べた。そういえば時々、食卓に鯉濃が上ることがあった。信州では古くから鯉を食べる習慣があったためだろう。この味噌を使った濃厚な味や匂いは幼年の私には強い抵抗があり、今でもどちらかと言えば苦手な献立のひとつだ。鮪や鯛などの高級鮮魚にありつけたのは、大学を卒業して勤務した築地周辺で友人や同僚と仕事の帰りに入った数々の居酒屋でのこと。未曾有の贅沢をした気分になり、築地の魚は本当に旨いものだと感心したことを鮮明に憶えている。門前仲町の『魚三酒場』はその店名が示すように魚を売りにしている大衆的な居酒屋のひとつで、この古風な店に出会った時の感動はいまでも忘れない。本当に満腹になるまで刺身や焼き魚を食べて、2000円でおつりが来た。週に2〜3回、ほぼ一日置きにこのお店の暖簾を潜っていたこともあった。25年間の都会の生活に飽きてしまって40代の後半に差し掛かる頃に安曇野に戻った時は、周囲の友人たちに安曇野の新名産として名が知れ始めた『信州サーモン』の帰還だと冷やかされたものだ。しかし彼らの『信州サーモン』についての知識には間違いがある。サーモンと銘題しても、降海してから産卵のために清流を遡上する鮭とは大きく違い、養殖によって成長を管理されたカワマスの新種であり、一生を安全な淡水の中で過す。危険だらけの外界を泳ぐことなく、命を賭して産卵することもない。私の生活はサーモンよりも、むしろ謎の多いうなぎの生態に似ていなくもない。海で産卵・孵化を行い、淡水にさかのぼってくる「降河海遊」という生活形態を持ち、何万キロも離れたマリアナ海溝から、天竜川の実に険しい魚道を辿って少数の天然うなぎが諏訪湖に戻ってくる・・・年間50日以上過す沖縄と安曇野を往復するわが兼居生活と似ている。 |
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たけうちよしゆき◎商業空間デザイナー、ブランドデザイナー 長野県生まれ。多摩美術大学美術学部卒業。電通およびI&S BBDOにてデザインプロジェクトを担当後フリーランスデザイナー、商空間デザイナーとなる。2006年秋より、郷里の安曇野市に本拠地を移し、地域的なデザインとともに民家再生/保護活動を行っている。受賞歴:JCDデザインアワード金賞・銀賞・入選4回、かわさき産業デザインコンペティション グランプリおよび優秀賞、SDA賞 奨励賞他、CSデザイン賞 金賞・銀賞、ストアオブザイヤー2007(秋葉原UDXアートワーク)など こまつみわ◎銅版画家 日本の風土が生み出すものにこだわり、信州を拠点に世界にメッセージを発信する新進気鋭のアーティスト。長野県坂城町出身、女子美術大学短大部卒、坂城町特命大使、「美しすぎる銅版画家」としても話題を呼ぶ。河口湖ミューズ館にて 開館20周年特別企画展「画家 小松美羽展」開催中(2013年3月23日〜9月18日) |
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