山本益博さんと俵万智さんが食べる鍋 at なべ家


山本(以下) 「ねぎま鍋」はトロのしゃぶしゃぶみたいなものと思えばいいです。それだけでは組み合わせがよくないんで、葱を合わせて、葱と鮪で江戸っ子はつめて「ねぎま鍋」。ここのご主人福田さんは江戸時代の料理を研究されている方では一番勉強されてるんじゃないかな。お豆腐の料理でもなんでも。それをご自分流にアレンジされている。最初に出したのは20数年前くらい、山本さん実はこういうのがあるんだけどどうって、お客様に出す前に出してもらった覚えがあります。あんまり僕お鍋は食べないんですけど、家ではやるんだけどね。つまりね僕は料理人の技を食べたいと思って料理の評論の仕事をしているでしょ。最終的に味を完成させるのは食べ手でしょ、お鍋って。
 そうですね。あとは素材勝負という感じがします。
俵万智◎歌人。1987年第一歌集『サラダ記念日』を出版、その新しい感覚の作品が話題を呼び、260万部を超えるベストセラーとなる。翌1988年同歌集で第32回現代歌人協会賞受賞。1997年第三歌集『チョコレート革命』を上梓。1998年『チョコレート語訳「みだれ髪」』『チョコレート語訳「みだれ髪」II』を出版。
山本益博◎料理評論家。1948年、東京生まれ。早稲田大学卒業。“毎日、外で食べていれば食っていける不思議な職業”を確立。2001年にフランス政府より農事功労勲章シュヴァリエを授章。主な著書に「味な宿に泊まりたい」(新潮社文庫)「東京・1000円味のグランプリ」(講談社刊)等。最新刊は「ell buill─想像もつかない味─」(光文社新書)。「東京・味のグランプリ・勝ち抜いた60軒」(講談社:11月中旬発売予定)。

 料理人の腕を100%食べようとするとお鍋じゃない方が、メッセージが伝わる。
 家で料理作る時は、冬寒くなると助かりますね、鍋は。たくさん友達が来ても、とりあえずかたちが整うから。鍋にすれば、多少、人が増えようが減ろうが大丈夫だし。家で作る鍋は普通に、鱈ちりとか、たまに福井から蟹が届いたら蟹。それは豪華っぽくやります。あとは豚とほうれん草だけの鍋。他に何も入れないで日本酒をどぼどぼって入れて豚の三枚肉かロースを入れる。鮭とジャガイモ、これも合います。友達に教えてもらったのはすき焼きちゃんこ。牛肉、韮、キャベツであと、油揚げ入れてお鍋にわりしたのちょっと薄い味をつけます。これもおいしい。鍋は楽ですよね。最後はうどんなり雑炊にして、いいですよね。ホームパーティで冷菜が多いときなどに片隅に湯豆腐とかあるとほっとします。家で湯豆腐の時はちょっと贅沢して500円のお豆腐近所で買ったりするとおいしいですよ。お肉を買うこと考えれば安い。
ご主人 お鍋の前のお通しは、今日は蓬莱鍋に平目が入るので平目の縁側、蒸し雲丹、玉子焼き、のりしぐれ、うるめです。のりしぐれは、梅干とのりと鰹節。吉原なんかでは「にしきぎ」といって花魁が朝こういうのを作ってくれて食べさせてくれた。
 そうなんですか。朝にさっと出されたらいいな。
 ビールでなくお酒にあいそう。鍋料理もお鍋だけ食べるんじゃなくて、きちんとしたプロセスが合って、ほら、ふぐちりを食べる前にお刺身食べるじゃないですか。お通しから食べるのがいい。僕は家であまり、お鍋を小さい頃食べなかった。家が商いをやってたので母親がちゃんと作る時間というのがあまりなかった。
 お鍋って全員が同じ時間にスタートしないといけないんですよね。私の友達ですごくフランスの好きな娘がいてお寿司が結構流行ったから、次はお鍋にいくかなって言ってるんですけど、フランス人がお鍋をつつくって無理ですよね。
 無理ですね。
 いろいろ日本食が輸出されてるけど、お鍋は無理かなって。



具材は、鯛、平目、蛤、海老、貝柱、鶏、
くわい、椎茸、エノキ、竹の子、蒲鉾、しめじ、
白滝、銀杏、湯葉、三ツ葉、絹さや、
うだま。




お鍋は3つに分類できます


 一つのものからサービスの人が取り分けるっていうのは慣れてるんだけど、みんなが一つのところからとるのっていうのはなし。
 アジア的文化でしょうか。アジアの他の国にはありますものねこういう形式って。
 うん。あと大事なのはお酒。日本料理はお酒がどういう風に使われるか。お酒の度数が強いから、食中酒ではなく食前酒なんです。でもお鍋っていうのは前菜にあたるようで主菜にあたる。お酒がないとおいしくないっていう料理じゃないですか。あの、お鍋ってだいたい3つに分かれると思うんです。今日のは寄せ鍋だから開けてみると、(出汁に)色がついてるんです。つまりこれだけでいただけるんです。ここに魚介を入れてお鍋の味を複雑にするようなんだけど、非常にシンプルな状態で出てきたものを食べる、煮込んで煮込んでではないですよね。全く正反対は鶏の水炊き。水から鶏を煮立たせて出汁にしていく。その中間が、ふぐのように下にお昆布を引いて軽くお出汁を出しながら、ふぐのお出汁や鱈のお出汁を出していって最後お雑炊でいただく。これ(蓬莱鍋)は、魚なんかなくたってこのまますくって飲んでもいただけます。一言にお鍋っていっても種類がある。
 家庭で一番難しいのは出汁をはるこれ(寄せ鍋)ですね。


ひとり鍋

 居酒屋でひとりで湯豆腐なんかね食べながら、文庫本読んでる人を下町で見るよ。結構格好いいよ。お鍋ではなかったけどもつの煮込みでチリの赤ワインを飲んで文庫本読んでた人見たよ、深川の方の居酒屋なんだけど。お洒落だなーっと思って文庫本みたら「鬼平」読んでたね。そういう時、ひとり鍋は全然寂しく見えないね。でも、ひとり鍋は自信がないとね。できない。僕なんて絶対できない。あいつさ嫌われてるから誰も晩飯つき合ってくれなくなっちゃったっていうなれの果てに見られる。
 私は作るのが面倒くさい時、家でひとり鍋しますね。ほら、土鍋ひとつで全部すんじゃうから。
おかみ お鍋はやはり寒くなってからですね。蓬莱鍋の中身はゆりねが入ってきたりはしますが、基本的にかわりません。(鯛、平目、蛤、海老、貝柱、鶏、くわい、椎茸、えのき、竹の子、蒲鉾、しめじ、白滝、銀杏、湯葉、三ツ葉、絹さや、うだま)鯛、平目が一番美味しい。お鍋に入れるにはやはり白身ですね。ねぎま鍋は別として。
 ねぎまの時もお鍋に味がついてるんですか。
おかみ お醤油味。出汁なんですけど、お水でとらないでお酒で取るんです。お酒を沸かして。
 贅沢ですね。
おかみ 酒出しです。


お刺身よりお鍋で食す

 ねぎま鍋はあんまりトロだとおいしくないね。やっぱりちょっと中トロぐらいでないと。
おかみ 山本さんが最初にねぎま鍋のことを騒いで言って、うちのメニューになってしまったんですよね。男性の方がお好きですね。
 江戸前の食べ物だって感じがする。蓬莱鍋は下町の僕の食べ物じゃないなって、品が良すぎて。でも、鍋に入れたらもったいないような物を入れるのがおいしい。
 お刺身で食べられるものも、火を通すことによってよりおいしくなるんでしょうね。
 お出汁にお金かかってるよね。
 またいろんな物が入っていくとどんどん出汁が変わっていくんでしょうね。
おかみ そして最後まで汁が透きとおったままいくんですね。何より材料が新鮮なことですね。
 鍋は料理が生きてる、目の前でね。
 できたてがこの距離で食べられる。
おかみ みなさん海老でも鯛でも鮪でも、生で食べたいっておっしゃるけど、火を通すともっともっと甘くなっておいしくなります。
 ほんとだ甘い。日本人てどうしても刺身に弱いところがありますよね、気持ち的に。見ちゃうと生で食べたい。
 こうやって食べる(作って頂いてとって頂く)と、全部美味しいタイミングでいただけますね。食べる方は料理としていただける。僕がやったら、こんないいタイミングでいかない。
 そうですね。自分がそう思ってても、誰かが知らないうちに入れてたりね。
 勝手にどんどこどんどこ入れちゃう人いるよね。
 仕切ってくれるのならいいんですけど、後先考えずに入れちゃう。
おかみ 鍋奉行と灰汁をすくう人をアク代官というらしいですよ。
 僕はアク役の鍋奉行って言ってた。でもそっちの方がいいですね。
 ふたりともいない鍋も困るんですよね。

「なべ屋」
営業時間/17:00〜21:30
(ラストオーダー19:00、要予約)/日・祝日定休
東京都豊島区南大塚1-51-14 JR山手線「大塚駅」南口から徒歩約3分
TEL: 03-3941-2868 FAX: 03-3945-0102
http;//www.gourmet.ne.jp/nabeya

 撮影:荒川健一

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