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「や。これはまたけっこうな御酒ですな」
「うむ。昨日、旧友がきてな。とっときのを開けたんだが、もてあましてしまった。おまえには勿体ないんだが、いい酒ほど風味の落ちるのが早い。悪くするよりましかと」 「ましですとも。おおましです」 「それより、これでもつまみなさい」 「いったいこれはなんというもんですか?」 「島根の知人から戴いた高級珍味だよ」 「へへ珍味ですか。骨董でも珍品てえと、ガラクタかお宝か見分けのつかぬもんで」 「いいから、やってごらん」 「やに生っ白くてぬらぬらして妙に臭いますな。賞味期限、今世紀でしょうね」 「おまえなんか呼ぶんじゃなかった」 「食べますよ。ただ野暮天でものをしらないだけで、だんなが手本見せてください」 「わしはしってるからいいんだ。はじめて食べるものの反応が見たいだけさ」 「丸干しあたりめがいいなあ。いや、食べますって。このへんをちょっと、と、やらしくつながってくるね。んぐっ。だんな、酒、酒。んぐんぐんぐ。ぷはーっ。うんまいっ!おかわりっ。で、なんすか、これ」 それは「鮎の子うるか」。鮎の白子と卵の塩辛。鮎の内臓の「にがうるか」より、癖がなく繊細でなめらか。無濾過の純米吟醸に、相性抜群。清流をわたる新緑の風。少量を竹皮の上で軽くあぶって木の芽を添えれば甘みと香りが増す。土鍋の鮎飯を茶碗に盛り、薬味代わりに乗せ、だしをかけて茶漬けも・・・。 ああ、唾がわく。タスケテクレ。 |
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杉浦日向子◎文筆業。1980年「月刊漫画ガロ」で漫画家としてデビュー。以後、数多くの著作を出版。江戸(前東京)の都市生活史を素材にしたものが多い。
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