毎年夏には何処かの簗に行って、あゆのフルコースを食べる。うるかを舐めながら、酒を飲み、刺身に舌鼓を打ち、天ぷらで胃袋を充実させ、塩焼で締める。清流にせり出した棚から、せせらぎを聞きながら、蚊取り線香の煙にむせ、俳句の一つでもひねり出そうとしながら、酒が回り、つい下ネタに落ちてしまう。うるかは燗酒に溶いて飲むと風味が際立つ。簗でしか食べられない刺身は、サヨリに似ているが、脂が乗っていて、仄かにきゅうりの香りがする。姿寿司や一夜干しも捨てがたい。それが鮎である以上、佃煮以外はどう料理したって美味い。
絵=さかなクン
十二年も前になるか、長編小説の完成を急ぐために静岡県と長野県の県境の山奥に缶詰になったことがある。一年ほどニューヨークで遊び暮すうちに締め切りはとうに過ぎてしまい、業を煮やした編集者に監禁されたというのが真実に近い。新幹線の掛川から車で二時間、天竜川支流沿いの村で林業を営む家に世話になった。私は一人離れに閉じ篭り、一日十五時間、机に向っていた。食事は奥さんの手料理、与えられた交通手段は婦人用自転車、息抜きは河原での石投げ、書き上げるまでは下界に下りられない。
かなり追い詰められていたが、週に一度は気分転換を図らねば、筆も進まない。老主人の配慮もあって、週末はバーベキューなど楽しんだ。いくらでも食べなさいと大皿に山盛りの鮎の塩焼を差し出され、張り切って食べたものの記録は七尾止まりだった。私はこの時、炭火の遠火で焼いた鮎の頭や骨の美味さを知った。家庭でも私は身を食べたあとの頭と背骨を今一度、じっくり炙って食べる。
あゆご飯も捨てがたい。土鍋で炊いたかつおだしのご飯に焼き立てのあゆを並べ、蒸し上げ、骨を取り除き、よく混ぜたそれは何杯でも食べられる。ひつまぶしを真似て、わさびや海苔、ねぎをあしらって食べるもよし、熱いだしをはって、茶漬にするもよし。
島田雅彦
◎作家。1961年生まれ。最新近著として、歴史小説『フランシスコ・X』が講談社より発売中。
さかなクン
◎テレビ東京『TVチャンピオン』全国魚通選手権5連覇達成。
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