「浮瀬ぶり」の養殖が行われているのは、長崎県西北部に位置する西海国立公園内の漁場。ここはリアス式海岸と200余りの島からなる九十九島を含め、大小400の島々が連なる風光明媚な場所です。豊かな海で獲れたイワシやサバを新鮮なまま急冷凍し「生餌」として与えることで、天然魚に近い味わい、旨み、食感を持つブリが育っています。生産者と販売者が、より品質の高い魚を目指し一体となって取り組んでいる「浮瀬ぶり」を取材してきました。

ゴッドマザーの存在

 「浮瀬ぶり」が生産されている佐世保市大潟町大崎地区は、佐世保の繁華街から車で30分ほどの場所にあります。生産者は水産会社エテルナ・ワコー。社名は「エテルナ=永遠、ワコー=和光」に由来し、150人超いる従業員のうち約8割が親類・縁者という家族的な企業です。多くの従業員がクリスチャンであることも長崎という土地柄を示しています。
 創業は1990年。それ以前は同じ地区の中で、それぞれの家族が別々の水産会社を営んでいました。しかし、今後は身近な者同士が力を合わせなくてはならないと感じた現相談役の溝口芙美雄さんとその母・キリさんは、漁をする上で競争相手であった5社をまとめ、和を説いて会社を一つにしました。キリさんは毎日のように航海の安全と大漁を祈り、地域の幸せを願いました。94歳で天寿を全うするまで、孫・曾孫含めると100人の子宝に恵まれたキリさんの精神は、今も従業員たちに受け継がれています。

3〜4年の長期計画

 「浮瀬ぶり」の養殖は、毎年春頃、稚魚となる2〜3cmのモジャコを五島沖で捕獲するところから始まります。通常2〜3年の飼育で出荷するのが養殖ブリでは一般的と言われていますが、「浮瀬ぶり」は3〜4年という長期計画がなされています。魚にできるだけストレスをかけずに育てることで、質の良い美味しいブリに仕上げることを目指してきました。
 「魚にも断面にしたとき、身の年輪がありますが、浮瀬ぶりはそれが均一になっています。無理に太らせたり、過度なスピードで育てていないからだと思います。年輪が均一なので身崩れもしづらく、1週間経っても刺身で食べることができると言われるほど、持ちがいいのだと思います」とエテルナ・ワコー取締役の谷脇竹市部長は説明します。

 稚魚から最初の1年は港から船で5分程の金重島の前の生簀で育てられます。次の2〜3・4年はもう少し沖の浮瀬島前方の生簀へ、そして出荷直前になると港内の通称・前島に移されます 。それ以外の移動をさせないのもストレスを与えないためです。

 本格的な出荷シーズンは11月中旬から1月頃、寒さに応じてブリにも脂がのり、しっかりと身が締まった肉質になります。出荷時期は朝6時に出航、前島の生簀から注文数に応じた「浮瀬ぶり」を網で上げます。

大きいものだと10s以上になります。

鮮度の秘密は速さ

 生簀から取り上げられたブリはそのまま専用の機械に置かれ、延髄とエラに刃を下ろされて活き締めにされます。機械が船上に取り付けられているので水揚げから間を置かず、鮮度が保たれるのです。

1時間ほどの冷やし込みと血抜きを行った後はすぐに出荷。作業場で計測された「浮瀬ぶり」はサイズごとに振り分けられ、それぞれの市場に送られます。

午前9時には発送となり、東京の市場へも翌朝早朝には到着し、その日の夕方頃には飲食店や店頭に並び消費者の手に届くという速さです。
 「近年、浮瀬ぶりの認知度は上がっているので、1本からでも出荷が可能です」と販売者である、はた産業の三谷太郎部長は話します。

最大のポイントは餌

 人工餌料(EP)を使わず、生餌を用いる方法は、同社が一貫してこだわってきた点です。国内有数の漁獲量を誇る旋網船団を保有していることから、東シナ海周辺で漁獲した新鮮なイワシやサバなどをその日のうちに水揚げし、マイナス20度の自社冷凍室で急速冷凍することが可能です。

人間でも美味しく食べられるこれらの魚を粉砕し、給餌船に積み込みます。

養殖場に着くと、専用機械で昆布の粉末、ビタミン・ミネラル配合の栄養剤を加え、攪拌・圧縮した独自の「生餌ペレット」が出来上がります。

これをエアプロワーで飛ばすと、ブリは勢いよく食べ始めます。秋から冬場にかけては脂の多いサバなどを中心に給餌するなど、季節や魚の成長に合わせて餌の種類や量を調整しています。

本来の価値に根差す

 「ブリというと厚めに切った刺身を思い浮かべる方も多いかと思いますが、浮瀬ぶりは薄く切って召し上がっていただくことをおすすめしたいです。それでも十分に旨みと食感を堪能していただくことができます」と話すのは、エテルナ・ワコー養殖部課長の谷脇勉さん。「ただただ脂がのっていればいい、という価値観ではなく、その魚特有の美味しさ、本来の性質というものを見極めた養殖を志しています」と谷脇さんは続けます。

お話を伺った谷脇勉さん(左)と谷脇竹市さん(右)

 市場でも需要の高いブリですが、出荷時期を限り、無理な育成はせず、そのうえで安定供給をしていくことが、今後もエテルナ・ワコーの推し進めていくところです。新鮮な餌を漁獲できる漁場や設備があり、何より力を合わせて仕事に取り組む仲間たちがいる。すべての要素が重なりあうことで生産されているのが「浮瀬ぶり」なのです。

撮影=菊池陽一郎 取材=中島宏枝
取材協力=エテルナ・ワコー株式会社、有限会社はた産業、株式会社ヨンキュウ

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